久々に泣けた本

ブッダ最後の旅・大パリニッバーナ経 (岩波文庫)
まさか経典を読んで泣けてくるとは思わなかった私。
仏陀については学校の歴史の時間でみなさん、習いましたよね?
この本は、仏陀が入滅する前後の出来事が詳細に記されています。

経典なんだけど、とくに仏陀が入滅される場面は美しい小説を読んでいるよう。
弟子であるアーナンダの、師を失う悲しみが痛いほど伝わってきます。
愛する人を失う悲しさ、、、それは2000年前も現代も同じものなのだな、、、、

仏陀というと、遠い昔に悟りを開いた人、、、、そんな認識だったのだけど、
弟子や周りの人を思いやる仏陀の言葉に、彼も生身の、私たちと同じ人間だったのだな、、、
とちょっとだけ、身近に感じることができます。
この思いやる気持ち、日本人が無意識の中に持っている「他人の心を察する気持ち」なんだなぁ、、、
いや、別に日本人以外の人が思いやりを持っていないという意味ではなく
自分の気持ちを抑えてでも他人を察するのって日本人の強い傾向だと思うのです。

仏陀は今のネパール領、インドとネパールの国境近くのルンピニという場所で生まれ、
80年間の生涯をインド国内で過ごしました。
仏陀、ラーマ・クリシュナ、シルディ・サイ・ババ、マハトマ・ガンジーなどの思想家、
映画監督のサタジット・レイ、詩人のタゴール、、インドって物凄く偉大な人を輩出している不思議な国。
何が不思議?かというと、あの土地に行ってみると、
「俺が、俺が!!」と自己主張しすぎの人、
「俺が悪いんじゃない!」とプライベートにおいてもビジネスにおいても「責任を取る」ことを知らない人、
(納期は守れよ、自分でできるって言ったじゃないか)
「ごめんなさい」を言ったらそれはすなわち死を意味する、、、、と思っているんじゃないか?
と思われるほど、絶対に自分の非を認めない人、
(オーダーしたものとまったく違うものが上がってきているんですけど、、)
1ルピーでも多くこいつから金をとってやろうと、商人魂バリバリの人、
(それ、水晶じゃないよ、プラスティックでしょ?そのくらい私でもわかるよ)
こっちからしてみると頭にくること、疲れることいっぱいな国。
そして秩序という意味においても衛生面においてもいまいちな国。
どうしてそんな国に偉大な人が輩出されるんだろう?不思議。

その反面、ごく普通の一般市民、、、、チャイ屋のおやじだったり、リキシャ・マンだったり、、、、、
がさりげなく、会話の中でスピリチュアルなことを言ったりする。
「スピリチュアル」がごく自然に生活に生きている国にあえて
「スピリチュアル」なんて言葉や考えが必要ないんだろうな、と思わせる国。

あの国の、独特なエネルギーの渦の中に身をゆだねると
自分の中の扉が開き、扉の向こう側にある本当の自分と繋がることができる国。

この本を読み終えて、
私が何度も訪れてしまう、あの国で仏陀は悟りを開き、旅し、入滅していったのだな、と思うと、
仏陀が少しだけ私の中で身近に感じることができた。
最初から「神様」だったのではなくて、生身の人間が魂を磨き80年を生き抜いたのだな、と。

ベジタリアン用加工食品

2015.06.27

一人暮らしだけど、大量に購入してみたベジタリアン用加工食品。

から揚げ、餃子、ハム。

ソイミートのから揚げ。どんなにレシピを見ても

ソイミートの戻し方が悪いのか、おいしい下味がつけられなかった私。

そして餃子も、自分で作ってみたけど、まずい。

食生活が根本的に変わっても「美味しいものを食べたい」という

求は変わらずで、これが困りモノ。

 

元・ベジタリアンというのは、周囲にそこそこいるけど、

現役ベジタリアンとなると、私の周囲に数えるほど。

先日、そんな数少ない現役ベジタリアンと蕎麦屋に行ったのだけど

なんとマイ・そばつゆ持参だったのには、脱帽。

私は外食のときは最低限のカツオだしはオッケーにしているのだけど、

(でも大体後日腹を下す)やっぱり私ストイックさ足りないわ、

と、痛感。

元ベジタリアンに辞めてしまった理由を聞いてみると、

1、日本での生活では困難。

2、やっぱり肉魚が食べたくなった

ま、辞めてもバチが当たるわけでも、死ぬわけでもないから

挫折感なんて感じることないのだけど、

本当に日本でそれを貫くのは難しいね。

 

マクラメアクセサリー取り扱い店

横浜市黄金町にある、アートブックバザールさんに

Tigress Yogiのマクラメアクセサリーを取り扱っていただいています。

黄金町アートブックバザール
黄金町アートブックバザール

〒231-0066
横浜市中区日ノ出町2-145番地先 日ノ出スタジオⅢ棟
TEL:045-231-9559
営業時間:11:00 – 19:00
月定休(月祝日の場合、翌日休み)

京急線日ノ出町駅より徒歩4分、黄金町駅より徒歩8分

旭橋の向かいの、高架下にあるお店です

2008年秋に誕生した古本一。アート、デザイン、建築、工芸、ファッション、写真集、展覧会図録、絵本、ポスター、ポストカードなど幅広い意味でのアート・美術をテーマにした商品を目録と会場で販売しています

artbook1

京急線の高架下にある建物です

2009年度に第54回神奈川建築コンクール「アピール賞(環境)」受賞した建物です。夜の景色が個人的にはおすすめ

 

artbook2

所狭しとアート系の本が並んでいます。

ゆったり時が流れる空間です。

 

 

artbook3

書物以外にも、

こんな感じの観葉植物やアーティスト作品 も。

Tigress Yogiのアクセサリーももちろん並んでいます

 

以前、お取り扱いをして頂いたbazaar bazaarさんは

惜しまれながらクローズとなってしまいましたが

新たにアートブックバザールさんでのお取り扱いが

始まっていますので、お近くにお寄りの際は是非!!

 

 

 

 

 

ぼくと1ルピーの神様

2011/12/26 12:48:15

映画「スラムドッグ$ミリオネア」の、原作の小説。

映画よりよっぽどおもしろいよ、、、と人に勧められて

いまさらながら読んでみた。

うん、断然、小説のほうがおもしろい!!
10月のミュンヘン行きの、長時間フライトのために、、、、と

このボリュームのある本を購入したのだけど。

、、、したのだけど、「ちょっとさわりだけ読んでみよう、、、」と

読み始めたら、もう止まらなくなって、読破してしまった、ミュンヘン行きの前に。

ぐっと引き込まれるストーリー展開だ。

悲惨なインドの、恵まれない人々の現実がそこにある。

これ、「物語」でなく、本当にそんな現実が存在している。

もちろん、過去のはなしでもない。
映画と原作ではストーリーも、そして結末も少々違ってくるので、

映画を見た人でも「原作としてではなく」、別の小説として楽しめるかも。
原作のほうがいいよ、、、、とお勧めなんだけど、

映画の中で、路地裏からひょっこりクリシュナが現れるシーンがある。

とても印象的で、幻想的なシーンだった。

そして、本当にひょっこりとクリシュナが現れそうな場所や、

その瞬間が、あの国には存在するんだよね。

サイゴンのいちばん長い日

2011/10/03 19:48:23

久々読み返してみて、やっぱりいいなぁ、、、と感じた。

「サイゴンのいちばん長い日」

ベトナム戦争末期、サイゴン(現ホーチミン)に新聞社の特派員として
サイゴンに滞在し、サイゴン陥落のその瞬間に遭遇した近藤紘一氏の本。

この本を読んでベトナムに行ってみたい、、、、と
98年頃ベトナムに行った私だけど、
ケツの毛も抜かれる勢いでぼったくられた1ヶ月間だった。
(品のない言い方だけど、この表現がぴったりだったんだよな、当時)
さすが、アメリカに勝った国!越南。

ベトナム戦争終結は1975年。
なので、「古き良き時代」のサイゴンの庶民の生活や
そしてサイゴン陥落の現地の切迫した様子も克明に記されています。

私はひそかな近藤紘一氏のファン。
彼は、ベトナム赴任前に奥様を亡くされている。
その深い悲しみを、決して自分の都合の良いように美化することなく、
しっかりとダイレクトに自身で受止め、重荷を背負うかのようにその後の人生を生きる。
決して自分自身に同情することなくその悲しみを背負う人、
背負うことの「できる人」は、他者の悲しみも、そして
悲しみというものの存在自体も理解できるのだと思う——
彼の文章を読んでいると、それを改めて認識させられる。
(不幸すぎて根性曲がっちゃう人もいるけど、それは器の問題。)

その後、サイゴンでベトナム人女性と知り合い、結婚するのだけど、
その妻と、娘さんの存在は、彼をかろうじて「生きる」ことに
繋ぎとめていた存在だったのだと思う。(この本の続編もおすすめです。)

それにしても。

享年45歳。若すぎる。
前妻の死をもっと美化し、言い方は悪いが、「自分の都合の良いように」
―――――ほんの少しでも―――――それができれば、
肉体は磨り減ることなく、モノカキとして、
現在も活躍されていたのではないか?と感じてしまう。

◆◆◆◆

1975年4月30日 サイゴン陥落

実はこの日のことを、私は鮮明に覚えている。
(多分、当日。もしくは数日後。当時この映像がベトナム国外でリアルタイムで放映されたかどうかは不明)
小学校に上がる前の年だったと思うのだけど、はっきりと。

その日の夕方、いつものようにTVをガチャガチャ回し
(注:75年当時は、TVのチャンネルはガチャガチャ回すものだったのです)
いつもの、お気に入りのアニメを見ようとしたのだけど、
どこのチャンネルを回しても、あの有名な映像――――
大統領官邸に、戦車が突っ込む映像―――――ーそれしか映し出されていなかった。

父に「これ、なに??」と尋ねると、父が言った。

「遠いひとつの国で戦争が終わったんだ。アメリカが戦争に負けたんだよ」と。

父は、決してアメリカが撤退した(もしくは撤退したから戦争が終わった)とは言わなかった。
もちろん、アメリカが南ベトナム政府を「見捨てた」とも言わなかった。
アメリカが、戦争に負けたんだよ。
へぇー、アメリカって強い国じゃなかったけ?
就学年齢にも満たない子供の私でも「アメリカは強い」と思っていたことに
今更ながら驚きだけど、「アメリカが負けた」という父の言葉が
とても印象的で、このときの記憶は、本当に鮮明な私。
◆◆番外◆◆
私:「公安ってなに?」
父:「手錠や拳銃を持っていなくても、人を逮捕できるおまわりさん」

私:(競馬場で負け馬券が舞い散る映像を見て)
「お父さん、あの紙はなに?」
父:「使えなくなったお金だよ」
私:(赤軍が海外でなんかやらかしたニュースを見ながら)
「お父さん、あの人たちは外国でなんでこんなことしているの?」
父:「、、、、、いい加減、眼覚ませよな、、、、(つぶやき)」
大酒飲み太郎だった父だけど、
(思想的には兎も角)父は、子供の私にとって現代の池上彰氏だったのね。

結構今では感謝している、父よ。

このブログを書いた後、ネットで色々検索したところ
ディープな近藤紘一ファンが多数いることがわかってびっくり。
私も残されたベトナム人の奥様と娘さんはどうしているのかなぁ、、、と
思ってはいたのですが。
ご本人は公の人であったけれど、奥様と娘さんは一般人。
「その後」はそっとしておいてあげたほうがいいのかも、と思っていたのですが、
なんでも2000年3月12日の朝日新聞で
パリ在住の奥様のインタビュー記事が掲載されているとか。
(新聞の過去記事って、図書館で探すんだろうか?国会図書館??)

これだけディープなファンの方々がいるとは知らず、
なんだか偉そうに書いてしまった自分が恥ずかしい。

彼の作品を通して私が知ったことは

悲しみをもって、愛を知る

この一言に尽きます。

回想のクリシュナムルティ

2010/10/01 15:05:34

名前は以前から知っていたし、その教えも断片的に小耳に挟んでいたのだけど、
彼の本を今まで読んだことがなかった。

メディアに映る彼の写真は、すでにおじいちゃんで白髪頭で、白黒写真。
(白黒写真の老人は、ヨーロッパ人とインド人の区別がつかない)
彼の話はとてもクールで論理的。
私はずっと、彼のことをイギリス人だと思っていた。

クリシュナムルティ、、、間違いなくインドの名前なんだけど、

イギリス人の、ホーリーネームだと思っていた。

インド人だったとは。

少年時にマイトレーヤとして見出され、イギリスに渡り教育を受ける。

生まれ育った国と文化から引き離され、一心同体だった弟の早すぎる死。

選ばれし者の宿命、、、と言ってしまえばそれまでだけど、

彼が歩んできた過酷なその道のりに心が締め付けられる、なぜか。
今年のインドの旅でプシュカルに滞在していたときのこと。

夢の中で知らない人が出てきて、その人と瞑想していたことをブログに記した。(コチラ)

まったく知らない人が夢に出てくるのは珍しいことで印象的だった。

「その人」の姿、着ているもの、肌の色、髪型、すべてが

写真に写る14歳のときのクリシュナムルティとまったく同じだった。

、、、、、「だった」ことを、この本を読んで1ヶ月ほどたって気がついた。ある日、突然。
「彼」のために組織された宗教集団の長となり、

そして「真理は道なき土地。いかなる宗教、宗派によってもそれに近づくことはできない。」

そう言ってその団体を解散してしまった。

ちゃぶ台ひっくり返す、とはこのこと。

それ言っちゃ、おしまいなのではないか???
特定の宗教色に染まらず、そして私たちと同じ現代を生きた人なので

彼の言葉は現代を生きる私たちにとって入りやすいと思う。
巷で流行っているスピリチュアル。

信者となったり、出家をしてまでも神を求めるスピリチュアル。

そして何処にも属さず、グルを持たず既成の神を見ず

ひたすら自分の内側を見つめるスピリチュアル。

クリシュナムルティの言葉は第3のスピリチュアルを示してくれた。

彼がいわんとしていること。

今の私が想像もできない深さと広さから湧き出てきた言葉だと思う。

やさしさや癒し、それさえも超越した愛を知っての言葉のような気がする。

クリシュナムルティの本は、翻訳されているだけでも相当な数になるので

少しずつ読んでみたいな、と思っています。

あまりの奥深さに、びっくりな彼の言葉。

うっとりしながら、クリスタルを磨く

2010/09/09 01:11:13

先日眼を覚ますと、風の匂いが違って、太陽の光も違って、

そうだ、クリスタルを磨こうと思い立つ。

ガンガー・ジャル(ガンジス河の聖水)はまだまだたくさんあるし

大きなクリスタルたちを活性化させてあげよう。

プライベートのクリスタルではなく、商品のクリスタルたちに対しては

なかなかひとつひとつに意識を向ける時間が少ない。

そして、いつかは此処からから旅立つのだから、

プライベートのクリスタルと違って、仮の持ち主(私)と一体化することはできない。

とても微妙で、でもはっきりした一線を引いて付き合うことで距離を保っている。
ひとつひとつのクリスタルたちを、ガンガー・ジャルで磨く。

見る見るうちに、輝きが増してくる。

「どうしてなんだろう?」いつも疑問に思うのだけれど、

とある友達は言った「クリスタルは、人間より”素直 ”だから水の違いにも素直に反応する」
ああ、こんなにも美しい光を宿していたのか。ひとつひとつのクリスタルが

輝きを増すごとに、うっとりと見惚れてしまう。

ちっとも仕事ははかどらない。

時間を掛けて、じっくりと磨く。

テーブルの上でしばし、乾燥。

部屋の空気が、ピシッと「キマる。」

そして、私自身の、どこか眠っていたような、ダレていたような

心の一部が覚醒する。

クリスタルを磨いていたつもりだけど

その行為は、私自身の曇っていた感覚を磨いていたのかもしれない。

クリスタルと共に時を過ごしてきたこと

初めて出会ったクリスタルについては以前、ブログにも記した。(クリスタルとの出会い)
随分と昔のことだけど、昨日のことのように覚えている。
でも、なんでそのクリスタルを飽きずに、ずっと共に時を過ごしてくることができたんだろう?
もちろん、美しい。
それは私の心を離さなかったのは事実。
そしてネパールという国でヒマラヤクリスタルと出会って
それをめぐる様々な人たちとの出会いが私をここまで運んでくれた。
そして、今こうやってお仕事にまでしている。

でもそれだけかな?

「なんで、こんなにも飽きずにクリスタルと一緒にいるのだろう?」

そばにいるのが当たり前の時間が過ぎて行き、今頃になってそんな素朴な疑問が沸いてくる。

実は、帰国してからずっとそのことを考えていた。
ある日、ふと心に沸いて来た言葉。それは

「美しくもあり、変化をしないこと」というシンプルなものだった。

厳密に言えばクリスタルだって割れてしまえば形が変化する。
ものによっては変色をするアメジストのような石だってある。
そしてあるとき今まで「見えなかった」光や形を認識することもある。

それでも大事に扱っていれば、孫の代までそれを受け継ぐことだって可能。
私が死んでしまっても、、、、そのクリスタルは「そこにある」。

変化しないもの、変わらないもの。

人間は成長、老化という形で変化を遂げる。
その内側にある思いや感情さえも、一瞬のうちに変わることがある。
そして世の中の流行や世論だって時と共に変化する。
常識だって時代とともに変化する。

その変化というものをエキサイティングで楽しむこともできる。
なんにも変化のない人生なんて、つまらないではないか?と。

そんな変化を成し遂げていく世界で、
私はなにか「絶対的に変わらないもの」を求めていたのだと思う。
これだけいろいろな場所を旅して変化を自ら求めている自分が
言うのはなんだかヘンなことなんだけど。

いつ、顔を合わせても変わらないもの。
クリスタルがそれに一番近かったのだと思う。
それは私に安心と安らぎを与えてくれる。ついでに美しい。
その光で、闇を、私の心の闇を映し出してくれるもの。
その光で、闇を、光の世界に変容させてくれるもの。
地中深くで育った「それ」が、地上に現れた。
そんな役割を持ってるのではないか?と。

そして
多分、恐らく、私自身、そして人々の内側にも
クリスタルのように「絶対に変わらないもの」が存在するのだと思う。
多分、それはクリスタルより更に不変なもの。
でも、私を含めて多くの人はそれに触れることができないでいる。
触れなくてもいいものなのかもしれない。
「存在する」ことさえ意識していれば。
飽きることなくクリスタルと共に過ごしてこれたこと。
一時的に依存しそうになって一線を引いて接していた時期もある。
このまま飽きて、他の趣味に移ってしまうのかなぁ、、、なんて
感じたりもしたのだけど、依存しそうな自分を建て直し
真正面からクリスタルと向き合ったとき、やっぱり私はこの存在とともに
過ごしていきたい、と痛感した。

おい、クリスタル。
私の内側にもうひとつのクリスタルがあるのか??
もしあるならば、それに触れてみたい。いつかは。

ヒンドゥー聖地思索の旅

漠然と「いつか、行ってみたいな、ウッタラカンドの巡礼」と思っていた私が偶然見つけた本。

しかし、厳しい巡礼の旅だよな、、、、ちょっと私、無理かも、、、、

と、思いながらも心の中ではすでにブックマークをつけてしまいました、

この本を読んで。

カイラス巡礼についても書かれていて、ヒマラヤ聖地好きにはたまらない本。

気軽に行けちゃう聖地もいいけど、情熱と根性がないとたどり着けない聖地というのも

存在するべきだよな、、、と思わせてくれる本です。
著者の方は長くバラナシに住まれていたそうで、

バラナシの聖地巡礼についても詳細に書かれています。

バラナシは気軽に行けちゃう聖地。なので外国人旅行者もいっぱいいるし、

外国人向けのレストランやお店なんかもいっぱいある。

ガンガーでボートを漕いで、チャイを飲み、ボ~~~~としていると1日が終わってしまう。

多分、ベンガリートラとガンガーガート以外は何処にも行かないで滞在が終わってしまう、、、

そんな旅行者も多いはず。

インド人巡礼者に遭遇すると、何かしら順序があってお遍路さんのように

この黄金の街・バラナシ巡礼をしているんだな、、、ってことはうすうすわかっていたけれど。

あ、やっぱりあるんだ、パンチャクローシー巡礼路というものが。

この巡礼路が結界の役目をも果たしていて、108つの巡礼地についても詳細に書かれています。
北インドの巡礼に興味がある方

これからバラナシに行かれる方、行ったことのある方、

お勧めです。

クリスタルの未来の持ち主

クリスタルをたくさんコレクションしていると
「さて、自分が死んでしまったらこのクリスタル達は何処へ行く?」と考えてしまうことはありませんか?
既に遺言書?を残している!!という人もいます。
(このクリスタルは○○さんへ、、、と書き記してあるそうです。)

クリスタルは長い時間を掛けて、私達が生まれる以前から―――母なる大地の中で成長しています。
そしておそらく私達が体という乗り物から離れる時がやって来ても
粉々に砕けたりしない限りクリスタルは存在します。

100年後、おそらくこのブログをご覧の方々はこの地球上に生きてはいないだろうけれど、
今私達の手元にあるクリスタルは100年後も存在すると思うと、すごいことですよね。

私自身はまだ遺言書は作成していませんが、1つだけ次の持ち主が決まっているクリスタルがあります。
10年ほど前に入手した時、一目ぼれしてしまったクリスタルなのですが
なんとなく私のものではないと感じてしまったクリスタル。
瞑想にもヒーリングにも使えるとっておきのクリスタルなのですが、
なぜか自分でワークする気が起こらないまま私の手元に残っていました。
それから8年ほど過ぎたとき、とあるご縁で知り合った方―――

その方がこのクリスタルを右手に握り締め胸を張り、
真っ直ぐ前を見据えているビジョンが見えてきました。
とても貫禄のある姿でした。
それと同時に「まだ時はきていないから」という感覚が私の中に入ってきました。
このことはまだ当人には話していないのですが
いつか「その時」がきたらそっとお渡ししよう、と思っています。

クリスタルが人から人へ渡り、旅するように
私達の魂も過去から現世へ、そして来世へと旅をします。
来世で、また同じクリスタルに出会えたら、、、、とても素敵なことですよね。