毎朝、私の部屋にやって来る野良犬。
朝の2度寝をしているど、ドアをカリカリ引っ掻いたり、
身体をぶつけて「開けろよ!」と主張する。
ドアを開けてあげると、部屋のゴミ箱をあさり、
なぜか私が鼻をかんだちり紙だけを食べて帰る。
この宿の出入り口は、非常階段のような裏階段しかないのに、
毎朝、この野良は部屋に登ってくる。
発熱・腰痛が始まって2日目の夜明け前、熱が最高潮に達する。
体育座りで睡眠を取るのもこれが2晩目。、、、もう限界です、、、、、
雨季で肌寒い夜明け前。部屋の中はなんだか蒸している。
そう、発熱者1名がお部屋を暖めているから。
「外の、冷たい空気に当たろう、、、、、」ベランダに出る。
ひんやりとした風が、心地いい。
夜明け前のヒマラヤもいいもんだ。
毎朝、このベランダで瞑想をしているのだけど、
少し時間は早いけど、いつものポジションに座り、瞑想を始める。
「腰痛がひどくて、座禅が組めるのか?」
答えは「YES」 腰を曲げなくて済む、座禅のほうが楽。
瞬時に、静寂の時の中に入り込む。
(以前、このブログで「瞑想を始めるとき、まず呼吸のリズムを掴む」と書いたけれど
自然の中で、自分に合った場所で瞑想をする場合、リズムを掴む必要は全然なくて、最初のひと呼吸からす~と、瞑想の呼吸に入ることができるのです。)
頬に当たる、ヒマラヤの風が心地いい。
どこくらいの時間が経ったのか?周りの空気が変わり始める。
野鳥が囀り、羽ばたく。
眼を開いてみると、、、、私は朝焼けに染まるヒマラヤの山と向き合っていた。
野鳥が、すずめが、空を舞う。
私の傍らには、毎日遊びに来る野良犬が、身体を丸めて眠っている。
調和。
なんて美しいんだろう、、、、、
あまりの美しさに涙が、熱のせいで鼻水が。
次の瞬間、私の奥深い、身体の底から3つの言葉は湧き上がってきた。
「これ以上、どんな命も奪わない」
「最後に、腰の解放」
「神様に仕える人」
◆どんな命も奪わない、、、、
今まで人は殺したことないよ、私。
ゴキブリとか、蚊とか、退治しちゃって当たり前、、、の命のことかな?
食べ物かな?肉、さかな。
でも、菜食主義になったからと言っても、「植物」の命は日々頂くことになるわけで、、、、
◆腰の解放、、、、、
この、腰痛のこと?これの、何が、「最後」なんだろう?
万年偏頭痛の私にとって、最後に来て欲しいのは「頭痛からの解放」なのではないかな?
◆神様に仕える人
これ、知っている!!(このことについては、後日ブログで書きます)
、、、、、なんだかよくわからないけど、どうも啓示のような言葉だな。
そのうち、わかるから
心地よい風が頬に当たった瞬間、そんな言葉が湧いてきて
インド滞在中の、最高の瞑想が終わる。