ミュンヘン 8 アンマのダルシャン、そしてベルリンへ

2011/11/17 16:49:58

友達から、ホテルの部屋に電話が掛かってくる。

「石の仕入れは順調?いつ帰国するんだっけ?明日からの予定は?ベルリンに来ない?」

ベルリンって、遠いの?どこだっけ??

パタパタパタパタ(キーボードを叩く音)

「明日朝の列車。午後お昼過ぎにベルリン着。この列車、どう?」

え~と、これからチケット買いに行く時間がないんだよ、予定がある。

パタパタパタパタ(キーボードを叩く音)

「今、インターネットで列車のチケットを予約したから。
そっちのホテルに今からファックスで送る。5分くらいしたらフロントで受け取って。
それじゃ、明日、ベルリンで。」

ほんの10分ほどの会話で翌日からベルリン行きが決まった。
既に眠れず・食べれず、でもテンションは上がりっぱなしの私は
本当だったら、お断りするべき招待だ。体がもたない。
でも、なんだか、はい・はい、、、と何も考えず(アドレナリン作用だ)ご招待を受ける。

どうにかなるだろう、、、なんて、軽く考えていたのだけど、
ベルリン到着翌朝、朝食の最中、ゲロを吐く、、、、、
という、とっても失礼なことをしてしまうほど、やっぱり体は疲れていた。
他人様が・作ってくれた・朝食を食べて・ゲロを吐く
最低だな、私。
明日のことは、明日、考えよう。
とりあえず、これからアンマのダルシャンだ。

ミュンヘンで、アンマのダルシャン。

今回のドイツ行きが決まって、なんとなくネットを見ていたら、
私のドイツ滞在中に、アンマがドイツにやってくることを知る。
遠くの街でなければ、参加したいな、、、と思っていたら、
開催地は、ミュンヘン。
これ、絶対に行くしかないでしょう。

マサラ香らない、このヨーロッパで、インドに繋がるってのも妙だけど。
最終日の夜の部、デヴィ・バーバのときに予定をあわせてきた。

電車を乗りつぎ、会場近くの駅に到着。
日の入りの早いヨーロッパの冬。住宅街のこの街は既に暗く、
霧も立ち込めている。そして街灯も暗い。

地図を見ながら(ガイドブックは忘れたが、会場地図だけは持ってきていた)
トボトボと歩いていたら、霧の中からひとりの女の人がやってきて
「~~~は、何処ですか?」と私に尋ねる。

びっくりしちゃうほど、綺麗な女の人だ。幻を見てるのか?私。
でも、彼女は間違っている。数日前にドイツに来た東洋人に、
こんな住宅地で道を聞くなんて。

「~~~~は、どこですか?」~~~が、聞き取れないのだけど
聞き取れても、私はおのぼりさんだ。

、、、、ひょっとすると。

「アンマのダルシャン?」

「YES!!]

なんだ、この人もアンマのダルシャンに行くのか。道はこっちだよ。

霧の中から現れた美女は、チェコからアンマのダルシャンのためにやってきていた。
「アンマは25年前から、毎年チェコに来てくれているの。日本では有名?」

他の国での規模がわからないから、よくわからないけど、まぁまぁって感じかな。

「いつからアンマを知っているの?」

インド好きだから、名前だけは昔から知っていた。
でもケララのアシュラムにはまだ行ったことはないんだ。
北インド、山のほうばかりに行っている。

「私は、アンマのアシュラムにしか行ったことがない。北インドなんて、とても無理」

そうだね、ココロの静寂を保つのなら、それが一番だ。
毎日が戦いだからね、北インドは。
そんなイロイロな話をしながら、会場到着。

「友達が待っているの。お話できて楽しかったわ」 私も。

オンナの私がドキドキしちゃうほど、綺麗な人。
私がオトコだったら、「一緒にチャイでも、、、、」と声を掛けただろう。
イタリア・オトコだったら、「連絡先教えて」って粘っただろう。

ダルシャン会場、でかい。

トークン配布の1時間前に到着したはずなのに、
もうたくさんの人が会場入りしている。何時間前から来ているんだ?この人たち。
周りはドイツ語しか聞こえない。こんなに有名なのか、ドイツでは。
まぁ、ミュンヘンは南に位置していて、スイス・オーストリアもすぐそこ。
恐らく周辺国からも集まっているんだろうな、ドイツ語圏だし。

さて、日本のダルシャンしか知らない私はまったくシステムがわからず。
とりあえずセーバの人に
「英語、話せますか?初めてでシステムがわからない」と声を掛けてみる。

「まず、クロークにコートと荷物を預けて。靴も脱いでね。
でも、お財布は必ず携帯してね。空いているシートに座って待っていて。
時間になると、トークンが配布されるから。」

この数日間、街で・駅で・ホテルで、人にモノを尋ねると、
的確で、シンプルで、ちゃんと順序を追った答えが返ってくる。
そして、「ついでに」とさらに先のことも予想し、プラスαを教えてくれる。
これって、多分ドイツの国民性なんだと思う。
毎年、5月の終りにアンマは日本にやって来る。
今年は震災の関係で8月に。
延期になっても、それでも、こんな状況でも、来日してくれた。
8月のアンマのダルシャンで、アンマは怒っているような、
難しいことを考えているような、そんな表情をしていた。
今まで見たことのない表情だった。

ああ、本当に私達の国は、大変なことが起こっちゃったんだな、再認識した。

そして今年2度目のダルシャンは、ヨーロッパ。

配布されたトークンは果てしなく、後ろの番号だった。
アンマの最終日のダルシャンは日本であっても終わるのが午前3時頃。
こりゃ、日の出前に順番は回ってこないぞ。

さて、集まっている人びとは、インドでお会いできるような、人びと多数。
国が違っても、こんな風にシンパシーを感じる人、たくさんいるんだな。

さて、アンマ登場。会場の空気が変わる。
当たり前だけど、通訳はドイツ語。字幕はイタリア語かスペイン語だった。
、、、なので、私には内容は理解できず。

それでも。

こうやって、縁遠い大陸にひとりやって来て、
たまたま予定があったとは言い、この姿を拝めるのはありがたい。
日本のときとは違い、悲しそうなお顔、してないし。

さて、このままダルシャンを受けるべきか?
明日の朝、長距離移動が控えている。
待つのは何時間でも待てる。
体力も、、、、自信はないけど、頑張ればなんとかなる。

問題は明日の列車に、間に合うか?である。

「ベルリン、特に興味ないでしょ?」

「用事はメールと郵便発送で間に合う訳だし。現地入りしなくてもなんとかる」

此処まで来て、ダルシャン受けなくてどうする?自分。
それでも。

やっぱり、ベルリンへ行く。

バカだな、自分。此処まで、こんな傍までやってきて。
わかっているはずなのに、逆行するがごとく、
すぐそこに恩寵というものがあるのに、背中を向けるがごとく。

「確かに、恐れを知らないっていうのは、強みだよね。」

先日、石友達Bが言った言葉。

イヤ、恐れは知っている。バカなだけなのである。
恩寵がすぐそこにあるのに。

デヴィ・バーバの美しいお姿に手を合わせ、
ごめんなさい。それでも私は自分で決めてしまいました、、、、
本道ではないのかも、右に曲がって谷底に落ちるかもしれないが。
「この次は」の「次」は来ないかもしれないが。

終電ギリギリの電車で市内に戻る。
スタバでコーヒーを買って、ホテルへ。

「Ms.ホンダ、日付が変わって、午前3時から時間が変わるから気をつけて」

フロントの人がなにやら訳のわからぬことを説明してくる。
「午前3時からになったら、時計を一時間戻して」

夏時間が終わって、午前3時から冬時間が始まるのである。

冬将軍到来。どおりで寒いはずだ。

時差の関係で、日本と比べると8時間「得しちゃってる」ヨーロッパ滞在だか、
さらに1時間得しちゃうのである。

言ってくれてありがとう。
知らなかったら、明日「列車が来ない!」と駅で1時間半べそかくとこだった。

明日、移動。

ベルリンで見てみたいのは、これ。これだけだ。
Der Himmel uber Berlin

天使ダミエル
あなたは今も、そこにいるのか?

投稿者:

tigressyogi

1969年冬・東京に生まれる 世界放浪中にクリスタルの美しさに心を奪われ クリスタルショップ Tigress Yogi を立ち上げる 筋金入りの偏頭痛持ちだか、日本を離れるとなぜか頭痛は消える 米国クリスタルアカデミーIntermediateコース終了 出没地:インド、ネパールその他山岳地帯

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