新商品のお知らせ。

ターコイズペンダント

https://tigressyogi.com/?pid=154935676

バランスの良いスパイダーウェブの入ったターコイズ。グリーンが強い美しいターコイズです。こちらのカボションは、オールドターコイズビーズをカボションに再加工したもので裏面の中央に溝があります。「財産を携帯する」と言う風習のあるチベット族。ターコイズや山サンゴ、琥珀(アンバー)などを首飾りとして携帯していました。

アメジストペンダント

https://tigressyogi.com/?pid=155258580

不透明感のあるアメジスカボション。優しいパープルカラーです。

ここ数ヶ月の間で気になる石がアメジスト。第三の目(サードアイ)に関連する石。ラベンダーカラーから色濃いアメジストまで様々な色合いのある石だけれど、今まで「気になる石」として私の中で浮上することはあまりなかった。サードアイに置いて横になると頭がスッキリするし、重宝する石ではあるけれど。気になり始めると、なぜかアメジストを買い求めてるお客様が次々と現れる。その方達と接していると、人間関係、特に家族やパートナーとの関係が安定しているムードが漂う。この石、もしかしたら「安定している」人が、求める石なのかな?と思えてくる。「安定を求めている人」ではなくて。それでは自分はどうなのだろう?この半年間、私は自分の好きなことだけに集中し、行動し、自分を自分で労る、と言う作業を意識的に行ってきた。「自分を甘やかす」とも言えるかもしれないけど、どちらかと言うと「好きなことをして楽しんで、自分の機嫌を取る」と言う感じ。初めは少し罪悪感があったけど、少しづつその罪悪感も消えていった。自分の機嫌は自分で取るしかない、誰も私の機嫌なんて取ってくれないし!

楽しむことが日常となった時、気になり始めてたアメジスト。この安定が続いて欲しいな、と思う。

サードアイにアメジスト

考えすぎて頭が回らなくなったり、すっきりしない頭の疲れ。

思考回路が同じところをグルグルと回っている時。出口のない思考回路。

私の場合、「どうして、(あれは)ダメだったのだろう」

一人反省会の如く考えているときに思考回路が同じところをグルグルと回る。多分、「考えてもどうしようもないこと」を一生懸命に考えているのだと思う。無駄だとどこかで分かっていても止めることができない。

そんな時はとにかく寝る。(たまに夢の中にまでその思考はやってくるけど)頭を使わない、頭を休める。

そして、もう一つ。横になってサードアイ(眉間)に小さなアメジストを置く。

瞑想をしている人はわかると思うけど、思考というのは自分で思っているより頭の中を駆けまくっている。瞑想しているだけでこんなにも「思い」が頭を駆け巡るんだから「出口のない思考回路」にはまることがあってもしょうがないな。

それをしばしの間断ち切るために、私は時々サードアイにアメジストを置く。

横になってアメジストを置いて、しばらく眠りとの狭間に身を置く。アメジストのパープルがスッと眉間から入って、イカれた思考回路の隅々に行き渡るのを想像する。熟睡してはいけない。あくまでも眠りとの狭間を漂う感じ。

眉間というはなかなか敏感な箇所で、米粒一つでもその場所に置かれると「邪魔」に感じる。多少の慣れは必要だけど(石の重みに慣れてくる)、アメジストを左右に数ミリ・上下に数ミリ、、、、、、、少しずつ位置を動かしてみるとピタッと「はまる」位置が見つかるはず。

眠りの狭間から覚めると、頭がすっきりとする。そしていつも思う。

「今、悩んで考えても解決しない問題なんだな」と。

このサードアイに石を置くリラックス方法(クリスタルヒーリングとも言うけど)、いくつかの石で試してみた。クリアクォーツは私にはキツすぎた。同じパープル系のスギライトは重すぎた。ジェムシリカは少し落ち着かない眩しさのようなものがあるけどいい感じ。やっぱりアメジストが一番しっくりときた。

もし、小さめのアメジストをお持ちの方がいたらぜひ試してほしい。いろいろなこと、考えちゃう時代だから余計に。

サイトに小さめのアメジストカボションをアップしました。

アメジストカボション A

アメジストカボション B

コトリスタジヲ、 リニューアルオープン

Tigress Yogiのアクセサリーを販売して頂いているコトリスタジヲさんが

横浜 東白楽駅前にお店を移して本日、リニューアルオープンしました。

コトリスタジヲtwitter

東横線・東白楽駅。西口駅前の横浜麻生道路を渡ってこのピスタチオ・グリーンの建物の2階です(一階は丸正不動産)

マクラメペンダントと、マスクホルダーのシンプルバージョンを納品させていただきまた。

以前のお店と比べると、びっくりするくらい広々としたスペースに日本手拭い、コトリ関連の雑貨、北欧雑貨などが並んでいます。

三面に窓のあるお店って明るくてとってもいいな、というのが第一印象です。この建物自体が、昭和の香りのするレトロな作りでとても素敵なんです。二階のお店、入りづらいな、と思われる方もいるかもしれませんが、エントランスから二階に続く階段はどこか懐かしい昭和の時代へと続く階段のようです。

レトロモダンが好きな方には、たまらない建物と内装。こんな素敵な場所に自分のお店を持てるなんて、いいなー。

コトリスタジヲ

横浜市神奈川区西神奈川2−1−2−201 

東急東横線 東白楽駅 西口より徒歩1分

JR 東神奈川より(徒歩8分)、京急東神奈川駅より(徒歩9分)

*真直ぐ横浜麻生道路を歩くと東白楽駅に到着します。

営業時間 11:00〜18:00

定休日 水曜日、木曜日

詳細とお問い合わせはコトリスタジヲtwitterまで

  

2013年の旅

以前使用していたブログのプロバイダーが閉鎖となり

このwordpressへ移行したのですが、以前のブログ記事を少しずつアップしていきます。

この年の旅は2月の初めからゴールデンウィークちょっと手前までの長旅。

石の仕入れも兼ねて12年前に訪れたクンブメーラにもう一度行きたい!との思いでした。

途中、肺炎で入院というアクシデントがありエキサイティングな旅となりました。

この肺炎はなかなか厄介なもので、帰国してから6ヶ月くらい後遺症に悩まされ

しばらく旅はできないな、、、と初めて旅することが怖くなりました。

帰国後から2020年の今まで。

引越しを3回、会社勤めをしてみたり、もう本当に目まぐるしい日々で7年も経ってしまった。

またいつか、自由に旅ができる世界に戻れますように。

そんな願いも込めて過去の旅を振り返ろうと思います。

1 旅のはじまり 

日記代わりのつたない文章となります。ご了承ください。

今回の旅のはじまりは、めずらしいことに一緒に旅を始める仲間がいたこと。
半年前にとある催事で知り合ったAさん。
旅好きだとわかり、なんとなく2013年のクンブメーラに行く話をしていた。
1ヶ月ほど前に連絡があって
「私も、クンブメーラに行くことになりました」
「現地で会えるといいね。いつのフライト?」
「あれれれ、同じフライトだ!」

そんなわけでAさんと共に9時間のマレーシアでのトランジットを経て、コルカタ到着。

実は今回、「私も、インドに行くことになりました」
同じ時期、同じ場所に向かうことになった人から次々と連絡をもらい、
自称・友達少ないヒトの私にとっては、奇跡に値するかのような流れ。

ちゃんと列を成して搭乗するインドの人々。
コルカタへ向かうマレーシアの空港にて。

コルカタの空港を出た瞬間、五感が私を刺激する。
また、この「生きる力」みなぎる大地に戻ってきたんだな。そしてここはベンガル。

ふっと、肩のこわばりが消えていくことを実感する。
普通は異国に到着して旅が始まるんだから、緊張して、こわばりそうなものだけど。
なぜか、肩の力が抜ける。
そして数日後には、きっと、腹の奥深くから、呼吸ができるようになるはず。

今年の初参りは、ドッキンネーショル。

このお寺は、近くで見ても美しいのだけれど
せひ、ベルル・マト行きのボートの上から見て欲しい。うっとりするような眺めだ。
ボート代4ルピーをはるかに超える価値あり、です。
境内は写真禁止なので、この写真はボートの上から 以下動画もどうぞ

(ミュートにしてね)

ドッキンネーショルからベルルマトに向かう渡し船の上より。

カーリー殿にてひとかけらの果物とマリーゴールドの花を僧侶の方からいただく。
あれ?これって、食べていいの??それとも奉納するの??
そばにいた青年が、食べるんだよ、そのあと、その手で頭を摩るんだ、と教えてくれる。
澄んだ目をした朗らかな笑顔の青年だった。
、、、、絶対、サダルとかにはいなさそうな青年。
「瞳は心の窓」昔の人はいいこと言ったものだ、本当に。

ラーマクリシュナのお部屋。

相変わらず澄んだ空気の流れる空間。それだけではない、何かが今もそこにある。
その「何か」を表す言葉はまったく浮かんでこないのだけど、
「聖別された空間」というものがあるならば、それはまさにこの場所だろう、と思う。

さて、今回、お寺に入る手前で、なぜか外国人は
パスポート提示と、ノートへの記入を求められる。
小難しいことではないのだけど、ま、宿帳に記入するような感じ。
芳名帳だと思えばいいことなんだけど、
パスポート番号とビザ番号も必要なの??と思うと、なんだかな。
参拝に、身分証明が必要って、インドのセキュリティーは年々タイトになってきています。

ベルル・マトへ行く。
この日は遅くの参拝になってしまったので、あまりゆっくりとすごすことはできなかったけど、
その代わり夕刻のアラティ(礼拝)を見ることができた。
この祈りの歌は、以前日本で参加したアラティと一緒だ。懐かしいな。
数年前の、そのアラティを思い出す。
でも、それ以上に、遠い、子供のころに聞いた子守唄のような懐かしさが心に染み渡る。

この地に、再びやってくることができたのだな、、、としみじみ。

インドの携帯電話

今回の旅、人にいろいろ会う約束があるので、インドの携帯電話を申し込む。
以前の番号は、3年間、リチャージをしていなかったので、失効。

すぐに使えると思っていたら。
写真、パスポートコピーを提出して書類記入(ここまでは前回と一緒)
しかし!24時間後でないと使えない。
それも専用ダイヤルに電話して、事前に指定されている質問に、
本人が答えなければならない。(お店の人、代行してくれなかった)
雑音の入る、巻き舌英語の質問が聞き取れなくて、焦る。
あまりの聞き取れなさに(私のリスニング力の問題だ)お店の人に
助けを求めたけど、だめ。本人が答えなくてはいけない。
なんで、こんなに難しいことになっちゃったのさ!
お店の人曰く「携帯を使って、色々悪いことする人も増えちゃったから」とのこと。
別に、携帯使わなくても、悪いことする人はするだろう。
ここまでタイトな規制が掛かるってことは、傍聴だってされているだろう。
上行く悪事をする人は、きっと伝書鳩飛ばし始めるような気がする。ポロッポー。

同じ手続きは、もう2度としたくないので、この携帯番号は絶対
失効しないようにしよう、、、、と心に誓う。

と、ここまでがインド入国後の数日間。

旅、はじまりました。いつも以上にエキサイティングな旅の予感。

きっと、予感は的中する、、、と予感する。サダルの宿にて。

2 Mの家

Mの家

某日。マヘンドラ・グプタの家(M‘s House kathamrita Bhavan)に行く。
マヘンドラ・グプタはこの家でコタムリタを執筆し
そして原稿を印刷所へ送った翌日、この家で生涯を終る  

Mことマヘンドラ・グプタについては wiki参照  )          

*訂正 訪れた家は「終の住処」の前に住んでいた家でした。外国人が来たからなのか、普段公開していない部屋も鍵を開けてみせて頂きました。ヴィヴェーカーナンダもよく訪れてこの家のベランダで瞑想をしていたそう。私もその場所に座ってそっと目を閉じてみた。

コルカタの一般住宅地なので、道に迷うだろうな、と覚悟はしていたのだけど。
インドの人は「様々な行きかた」を教えてくれるのでそれは想像を絶するほどの
道の迷い方だった。「こっちの道だよ、、、、あなたが望むなら」そんな感じ。
軽く20人を超える人に道を聞き、2時間。
最後に「全然ここじゃないよ!」ってことで、トラムに乗って移動。
(最初にこの道をまっすぐって、警官が教えてくれたのに!!)
閉館時間も迫るとき、やっとMの家に到着。


ドアを開けるとそこにはインド人男性。

「Mの家はここですか?オープンしてますか?」
「開いてますよ、どうぞ、二階へ」

2階へ行くと、女性が数人いて、その一人の方に案内をされてお部屋へ。

小さな、6畳ほどの部屋。ここでコタムリタが生まれたのか。
ショーケースの中に、色あせた赤いクルタ(インド人男性用の服)と靴が飾ってある。
それはラーマクリシュナのクルタ。

屋上に出てみると、本当にそこはインドのローカルエリアの風景が広がる。
「ヴィヴェーカーナンダもよくここに来られて、屋上で瞑想されていたのですよ」と
案内してくた女性が言う。本当にすごいところに来ちゃったな。

「ここは個人宅なんですか?それともアパートのようなもの?
今もここに子孫の方が住んでいらっしゃるのですか?」

「個人宅でしたが、今は人は住んでいません。
ほら、先ほど、男性の方がいらしたでしょ?あの方がマヘンドラ・グプタの曾孫です。」

玄関で「オープンしてますか?」と私が聞いた男性、その人が曾孫さんだった。

なんてこった!!

2階へ降りると先ほどの男性、曾孫にあたるグプタ氏。
日本から来たこと、そして2年前に日本語訳が出版されたこと、
持参した−−−−旅前に忙しくて、購入したのはいいけど、読んでいなかった
コタムリタ第2巻をお見せする。

なんだか夢のようだな。あのマヘンドラ・グプタの子孫の方が
目の前ににて、話すことができるだなんて。
夢見ているついでに、腹の底からから勇気を振り絞って
「この本にメッセージを書いていただけますか?」とお願いをする。

親愛なるシスター、アヤ。
無限の愛と敬意と共に。

Mの曾孫 ディパク・グプタ

「どんなときでも、この本をあなたの傍らにおいておきなさい」

はい、わかりました。
生涯、ことあるたびにこの本を開き、共にいます。

すっかりと日も暮れたこんな時間に、招き入れてくれて、ありがとうございました。
夢心地で家を後にする。

求め、行動することで
行くつく先にはこんなにも素晴らしいことが起こるんだな。
迷いに迷ってたどり着いた場所で、子孫の方にお会いできるなんて。

インドにて、小さな奇跡。
いや、小さくないな。
一生忘れることはない出来事だった。

明日、コルカタを離れる。

3 インド 列車ファースト

さて、日本でインドの列車を予約して、その時点でウェイティングリストの3番。
まわりの人も「大丈夫、大丈夫」というので、
当日までに枠は取れるだろう、、、、と思っていたら。

出発4時間前でまったく順位は上がらず、焦る私。
4時間をきった時点でキャンセル料25パーセント取られるシステムなので、
その前に集中してキャンセルが入ると思っていたら。

知り合いの代理店の力を借りて、やっと1時間を切ったところで、リザーブ成功。
大急ぎで駅に向かう。

今回は初のファーストクラス寝台。
4人のコンパートメント。

同じコーチになんだか白馬の王子様みたいなコスプレインド人がいて、
なんなんだろう?と思っていたら、私はその人と同じコンパートメント。
コスプレではなくて、「花婿さん」だった!!

結婚したばかりの夫婦。美男美女のカップル。
美しいシルクのクルタ。花嫁さんは、真っ赤なサリー。

初々しいしいカップルでした。
少しだけ幸せのおすそ分けを頂いた気分。

もうひとりの乗客は「さすがファーストクラス」的な初老のインド人紳士。

さて、この4人のコンパートメント。
花婿さんと初老インド人と私で会話はするが
花嫁さんは絶対に会話に加わらない。
どちらかといえば、ムスッとした顔で黙っている。

初老インド人が席をはずした隙に、
手の平のメヒンディを見せてもらえますか?とたずねると。

、、、満開の笑顔で、私に接してくれる。

そう、インドでは旦那さんや家族以外の男性と話したり、笑顔を見せてはいけないのだ。

その笑顔はとってもキュート。
いつも笑っていたほうがかわいいよ、、、、と言いたいところだけど
部外者の男性に「かわいい」なんて思われたらいけないのである。
なので笑顔を見せてはいけないのである。
たとえ相手が初老であっても。

日本の感覚で言えば夫の前で知らない男性にボディタッチして馴れ馴れしく話す、、、いや、それ以上にしてはいけないことかも。

初老男性が戻ってくると、一瞬で押し黙ってしまう。
ああ、ここはインドなんだな。
ファーストクラスに乗るくらいの人でもやっぱり保守的なんだ。

新婚さんカップル、そして初老インド人はヒンディー語圏の人なんだけど、
私がいるので、英語で会話をしてくれる。
「私がいるから」と思うと、焦る、焦る。
英会話、もっと上達しないといけないぞ、私!!

初のファーストクラス。
乗っている乗客は、私が接したことのない世界のインド人でした。

4 クンブメーラまでの道

コルカタからバラナシへ到着。初めて乗ったファーストクラスの車内で
思いっきり風邪を引く。寒すぎるほどのクーラーにやれる。
このままイラハバードまで行くつもりだったけど、体調的に辛い。
なので、一度バラナシの宿にチェックインすることに。
コルカタで日本人の人に「お勧め宿」と教えてもらったその宿は
3年前に私が泊まった宿だった。

しかし、部屋は満室。
「今晩8時にこの部屋に泊まっているババ(サドゥ)がチェックアウトするから
そしたらこの部屋を使ってね」と、いうことになる。
部屋をのぞいてみると、ババがふたり。

勝手にブラック・ババと呼んでいる、黒装束のサドゥ。
とても少数なのか、今まで3人ほどしか見かけたことがなかった。
話かけてみると、どうも人の死とか、黒魔術なんかと関係があるよう。
このババは英語を話す。後日、ほとんどのババが英語を話さないことを
身をもって知り、黒装束プラス英語オッケーという稀有なババだった。


ブラック・ババと一緒の初老のババ。
こちらのババは一切英語を話さないので、会話は不成立。
でもタバコをあげるとニッコリと笑ってくれるので、
「あなたの、笑顔が見たいから」ばかりに隙を見てはタバコを渡す。

歳も、そして恐らく宗派も違うババ同士がなぜ一緒にいるかわからないのだけど、
ブラックババは、当たり前のように初老ババの荷物を持ってあげたりしている。

話は相当へし折るけど、結局、このババたちと、その日の夜にイラハバードに向かうことになる。
メンツはババ・2人、宿のオーナーの奥さん(インド人)日本人女(私)、ドイツ人(男)という内容。
いったいどこに共通項があるのかまったく不明のグループだけど、敢えて言うなら

インド人・3人とインド好き外国人2人、、、、こんなところでしょうか?

夜、9時半に宿を出発。列車で行こうとしたけど、到着した列車は既に鈴なり状態だった。
、、、こんな状態なのに、なんで更に切符を売るのでしょうか?ねぇ、なんで?
きっと誰に聞いても答えは出てこない。考えても同じ。

「ここは、インドだから」そう思うことにして、すべてを受け入れる。

さて、次の列車を待つことになった。(なんで?次も絶対鈴なり列車なのに、、)
時間があるので、外に出てタバコを吸おうと歩いていると、
突然、「落ちる」私。
道端に、なんの囲いもなく、存在する穴ぼこ。2メートルほど落下する私。
膝下まで、きったねぇー汚水に浸かる私。
一瞬何が起こったのかさっぱりわからず。

「hey, are you O.K?」
なぜ、ドイツ人が私の頭上高くで話しかけるのでしょうか?並んで歩いていたのに。
引き上げられると、膝に擦り傷。汚水の中で、切り傷。
そして両足首も、軽く捻挫している。

できれば「ええ、沐浴してきましたよ」となにもなかったことにして
宿に戻って、ホットシャワーを浴びて、そのまま寝てしまいたい、、、とほほ。
いや、本当に戻れよ、その傷口はちゃんと消毒しろ!絶対!!なんだけど、
いやいや、私は行くよ、クンブメーラ!!
「君はラッキーだよ、あんな穴に落ちて骨折してないなんて!」とドイツ人。
たぶん、相当ラッキーだと自分でも思う。ラッキーなんだから、このまま旅を続けよう。
一度奈落の底に落ちないと聖地への道は開かれないのだ、、、、きっと。

結局、列車をあきらめて、バスロータリーに向かう。
、、、、でもそこでもバスは満員ギューギュー。
4時間掛かってやっとバスに乗ることができた。
既に夜中を回っている。

車中夜が明けて、でもバスは渋滞に巻き込まれてまったく進まない。

これもバス。インドではオッケー。


イラハバード市内まで、5キロの時点でどーにもこーにもならなくて、
バスを降りて歩いていくことになる。

会場まで、10キロはあるくことになる。
それでも、乗客たちは歩き始める。杖をついた老人も歩き始める。
もちろん、私たちも歩き始める。まさに巡礼。

早朝のパレードを見る予定だったが、日が高くなってもまだ会場に到着しない

お昼近く、河川敷に到着。ああ、懐かしい光景だな。


会場は25キロ四方の、町がそこにあります、くらい広大。
やっと町の入り口に到着しただけ。
なので、目的のサンガンまではあと数時間歩くことに。
サドゥのパレードなんて、とっくに終わっちゃっている。
でもババをはじめインド人は、パレード見学が目的ではなく、
そう、沐浴をしにここまできたので、がっかりしている様子はない。

疲れというのは、ある一線を越えてみると、アドレナリンが分泌されるのか
なんだかとってもハイテンションな気分。
現実的には、両足首の捻挫が痛いんだけど、なぜか
「はい、その痛みはとりあえずここに置いといて」という
新たな思考回路が構築される。本当に。

2時間ほど歩いてやっと「クンブメーラ会場内」に到着

5沐浴、そしてテントを探す


ひたすら歩く。
クンブメーラの会場は四方25キロで、「会場」というより「町」に近い。
お昼ちょっと前に、やっとサンガンに到着。
サンガンとは、ガンジス河とヤムナー河が合流する地点。
このサンガンで、2月10日に沐浴するためにインド中から人々が集まる。
恐らく12年前は、このサンガンまでたどり着いていないような気がする。

河の水は、、、、、正直いわなくとも、汚い。絶対的に汚い。
後から聞いた話では、地元新聞では毎日、河の汚染度と、
町の空気中汚染度が発表される。
「知っちゃったらとても沐浴する気になれないよ」ととある日本人の方に言われた。

もちろん、私は沐浴する気はなくて、着替えも持ってきていないし、
沐浴用の布も持ってきていない。
沐浴風景を撮影できたらな、、そんな軽い気持ちで
永遠に終わりの来ないような、道のりを乗り越えてきた。(マゾな世界)

サンガンの、前の通り。壊れたチャッパル(サンダル)が無造作に捨ててある。人混みでサンダル踏まれて無くしちゃったり、鼻緒が壊れちゃったり。
アウシュビッツにもこんな展示、あったよね、確か。

荷物を置いて、みんなでしばし休憩。

「さぁ、沐浴だ。先に行っていいよ、荷物は見ておくから」とサドゥ。

えっ?

ワタシモ、モクヨク、スルノデスカ?ココデ?

一緒に来たのはインド人である。サドゥである。
当然観光ではなく、沐浴しにきたのである。
一緒に来たんだから、そんなの当たり前でしょ?ってな感じで。

勧められたら、もうやるしなかない。
いや、単にNoの言えない日本人になってただけ。
いつでにドイツ人のお兄さんは、はっきりNo!と言い、
サドゥに「なんで?」と聞き返されていた。
こいつ、何しに来たんだ?とサドゥは不思議そうな顔してたけど、
ドイツ人、あなたは正しい、、、、に一票。

これだけの人の中で、サンガンのエリアは本当に小さく区切られている。
宿のオーナーの奥さんが布を貸してくれて、
「最初に手と腕に水を掛けて。そして次は自分の頭に。
その次に3回、河の中に身を沈めるの。ティケ?(O.K)」

うん、知っているよ。ハルドワールでやったから。
ハルドワードでは、できたから!!

太陽に、天に向かって手を合わせ、心の中で祈る。

「新たな12年が始まりますように」と。

我ながら、ナイスな願いではないか。
ふと周りを見渡すと、インド人たちはちゃんと指で両目と鼻を押さえて
水に浸かっている。あ、そうなんだ、聖なる河でも、やっぱりそうなんだ。
、、、、、無防備すぎたな、私。

「冷たいけど、気分は最高に幸せよ」とインド人女性。
私も確かに達成感はあったけど、う〜ん、大丈夫か?自分。
この河、潜っちゃったよ、足に擦り傷もあるのに。

みんな無事に沐浴を終えて幸せそう。
さあ、今日の宿泊先のテントに向かおう。

が、サドゥたちもあまりにも広すぎて自分たちの宗派のテントがどこにあるのかさっぱりわからない。広すぎる、いくらなんでも広すぎるのである。結局目的のテントにたどり着くのに数時間。日も暮れていた