2011/11/18 09:14:53
前日にベルリン行きが決まって、
ベルリンが何処にあるのかがイマイチよく把握できていない私。
で、ついでに距離感もわかっていない。
ファックスで送られてきたチケットは、文字が不鮮明でよく見えない。
なんとなく、そんなに遠くない都市だろう、、、と脳内地図では勝手に判断していた。
(フランクフルトくらいの距離だと思っていた)
なので、乗車時間6時間になっていてびっくり。
ひょっとして、「ベルリンにおいで」でなくて
「ベルジム(ベルギー)においで」だったのでは、、、、と不安がよぎる。
列車の中で、もうアドレス帳を取り出して友達の住所を確認する元気もなく
ベルリンでもベルギーでも、友達が迎えにきてくれているはず。
もし、ベルギーなら、ワッフル食べてこよう。
取りあえず長距離列車だ、寝よう、、、、
ベルリン到着。
暖かい、、、、
北に6時間列車は進んだはずだけど、ミュンヘンよりよっぽど暖かい。
ドイツの首都。ベルリン。ミュンヘンの2倍以上の大都市らしい。
暖かいのだけど。
なぜかこの街はモノ悲しい空気が流れている。
結局、滞在2日間、この「モノ悲しさ」は私について回る。
ちょっと油断すると、なんだか泣けてきちゃいそうな。
なので、ある意味、「がんばれ、自分」をエールを送り続けた。
ここは首都。歴史と文化の中心地なのである。
でも、経済的にはイケていないそうである。
モノ悲しさは、たぶん、この映画の影響だ
ベルリン・天使の詩
ヴィム・ヴェンダース作品で私の愛する映画。
予断だが、当時は「ヴェム」・ヴェンダースと表記されていた気がする。
今から20年ほど前、当時働いていた銀座で仕事帰りにこの映画を見た。
「映画の世界に引き込まれる」という体験を初めてした映画。
映画館を出て、思わず和光の時計台を見上げた私。
もちろん、そこには天使ダミエルなんていない。
広がっていたのは、ビルに囲まれた四角い空だった。
「私は、一生、この四角い空の下で生きていくのかな?」
当時、どうしようもなく嫌いな学校をやっと卒業して自活して働いていた。
生活は特別苦しいわけでも、もちろんリッチな生活でもない。
それでも、自分で働いて金を稼いで生活できることが嬉しかった。
もう、興味のない勉強をしなくてもいい。
もしこの先、なにか学びたいことがあれば、本を読んで
その分野に精通している人を探して、教えを乞えばいい。
仕事もそれなりに楽しかった。
自分の稼ぎを、自分でコントロールして自由に使えることが嬉しかった。
それなのに、なぜか。
「私は、一生、この四角い空の下で生きていくのかな?」
それは、軽い絶望感だった。
すっかりその映画の世界にはまり込んでしまった私の脳内には
「天使ダミエルは、あそこにいる」
、、、、という、いかれポンチな絶対的確信が打ち立てられた。
、、、、、いるはずないじゃん。
そんなの、わかりきったことなんだけど現実的に。
それでも。
絶対いる。信じるとかでなくて、いる、、、のである。
(典型的いかれポンチ発想のベクトルだ)
この映画の終りに
「全てのかつての天使、特に安二郎、フランソワ、アンドレイに捧ぐ」
、、、というテロップが流れる。
安二郎とは、我らが小津安二郎のこと。
天使嫌いな私なんだけど、
誰がなんと言おうと「ヴィム・ヴェンダース」なんである。
天使ダミエルがたたずむその塔は、昔の戦争の勝利記念塔だそうです。
「つい最近、塗装し直してピカピカなんだよ」とのこと。
今が見ごろ、である。
想像していたより、大きな塔だ。
写真がどれも薄暗いが、ドイツ滞在中、ずっとこんな曇りの天気だった。
「ベルリン天使の詩」のイメージに近い薄暗い写真。
敢えて修正せず、載せてみた。
女神像の下、金ぴかの柵が見えるけど、そこまで登ることができる。
「さて、上まで登れるよ。行ってみようか」
せっかくここまできたのなら。
しかしエレベーターなんてなく、螺旋階段をひたすら登ることになる。
入場料3ユーロなり。
既に体力限界な私にとっては、この登りは致命傷だった、、、、
羽の生えてる天使ダミエルが羨ましい。
人間って、なにかと不便だ。
うっ、、、誰かエチケット袋を持っていないか?
顔面蒼白でやっとたどり着いた展望台から、ベルリンの街が一望できる。
この景色を眺めていたのか、天使ダミエル。
銀座であの映画を見た若かりしころ。
まさか自分が、この景色を見ることになるとは思わなかった。
いや、数日前までベルリンに来るとは思っていなかったのだが。
人生って不思議だ。
傍らにいる友達の声も遠くに聞こえる。
こんな景色が広がっていたのか。
しばし映画の世界に浸りこむ私。