カルマパ17世との謁見 2

待つこと15分、法螺貝の音と共にカルマパ17世が登場する。
今では立派な青年だ。チベット人には珍しく、身長は180cmはあるであろう長身だ。
私は今までこんな眼をした人に会ったことがない。

頭の切れる人、人の上に立つ人、人に命令することに慣れている人、
それぞれ独特な眼をしているが、そのどれにも当てはまらない。
その独特の雰囲気、貫禄、気迫、、、発しているエネルギーとも言えばいいのだろうか?
まるっきり次元が違うのである。
とても18歳の一青年ではない。
いったい、この人は何者なのだろう?、、、それが私最初の印象だ。
見かけだけで言えばはまったくのチベット人青年だ。しかし、眼が違う。
発しているエネルギーの次元が違う。
この人だったら、眼で人を殺すこともできるかもしれない。
これが活仏の眼なのだろうか?
以前、友人がダライラマ14世に謁見をした時の感想は、“眼が怖かった”だった。
なんとなく、その意味がわかるような気がする。
あえて言うなら仏像や、仏教画に出てくる仏陀の眼そのものなのだ。
生身の人間が、仏教画の仏陀の眼をしていたら、
やっぱり“怖い”と思うのが正直なところかもしれない。

説法はたんたんと続いている。
チベット語での説法で、通訳はいないので、何を言っているのかはまったくわからない。
途中、団体さんから笑いが起こるところを見ると、ユーモアを交えての説法なのだろう。

私はただこの一時間の間、活仏の声を聞き、眼を見て
頭の中ではずっと同じ言葉が繰り返されているだけだ。
こんな眼をしている人に会ったことはない。
この人は何者なのだろう?
これが活仏なのだろうか?、、、、、、と。

約一時間後、説法が終わり全員が列を作り始める。
活仏から一人づつ、赤い紐が手渡されるのだ。
圧倒されまくった私は、そんな、とんでもない、お会いできただけで充分です、
の気持ちだったが、みんなと一緒に列に並ぶ。

いよいよ私の番がやってきた。緊張は最高潮である。そして頭は真っ白である。
ほとんど何も覚えていない。
Thank you くらいは言ったような気はする。
一つだけ覚えているのは、紐を受け取った瞬間、左手が痙攣したように震え出して
実際には右手、片手だけで受け取ってしまったこと。
大変失礼なことをしたと後々後悔した。

これが私の2004年の誕生日の出来事。
そして私は翌日のヨガ教室の瞑想中、素敵なビジョンを見た。

投稿者:

tigressyogi

1969年冬・東京に生まれる 世界放浪中にクリスタルの美しさに心を奪われ クリスタルショップ Tigress Yogi を立ち上げる 筋金入りの偏頭痛持ちだか、日本を離れるとなぜか頭痛は消える 米国クリスタルアカデミーIntermediateコース終了 出没地:インド、ネパールその他山岳地帯

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