2011/11/12 00:58:22
「ミュンヘン入りしたら、連絡を。
会場で会おう。×○◆という業者のブースにきて。友達だから。」
ミュンヘンショーで友達と再会。
インドの瞑想合宿で知り合ったB。石友達。
「瞑想するんだから言葉がわからなくてなんとかなるだろう、、、」と
甘いことを考えてその瞑想会に参加した私は、
ティーチングにまったく付いていけず(英語力の問題)チンプンカンプンだった。
そんな私に夕方からの自習時間に、ばかにでもわかるように
懇切丁寧にティーティング内容を教えてくれたのが、B。
いつも、「散歩しよう。」と声を掛けてくれて、その日の復習をした。
随分連絡を途絶えていたのだけど、偶然日本の友達が留学時代にこのBと
同級生だったことがわかり、今回ミュンヘンで再会することに。
さて、言われた通り、とある業者のブースに行って
「Bは居ますか?」と声を掛けると、携帯電話で呼び出してくれる。
”業者さんを紹介してあげる”って話だったのに、
手始めに業者さんを含めて、ビールを飲むことから始まる。(まだ、10時なのに)
この日、Bと一緒に広大なホールの中でピンポイントに、お勧め業者さんを回る。
とりあえずお勧め業者さんを回って明日、ゆっくり回ればいい。
ある程度石を選んで、ちょっと疲れてきたな~ってころに
「今日はこのくらいにしたら?散歩しよう。ミュンヘンは綺麗な街だよ」
散歩。この人とは、散歩しながら話すのが一番だ。
「歩きながら考えるのが楽しい。アイディアも浮んでくるし」
まるで昔の文豪のようだな。
随分会っていなかったけど、インドの続きだ。散歩。
「英語が上手になったね。そして歯並びも綺麗になった」
4年間、歯科矯正をしたんだよ。
このBは、「ミスター・歯並び」。ものすごい綺麗な歯並びをしている。
ヨーロッパでもティーンエイジャーになると歯科矯正は一般的。
でもこのBは矯正をしないで、まったくの天然の歯並び。もちろん虫歯もなし。
親知らずも、ちゃんと綺麗に生えているそうだ。
ミュンヘンも市内の観光地は人がいっぱいだけど、ちょっと外れると
人通りは少なく、秋の日常の中の街を散策できる。
「、、、、観光は、興味ないよね? 歩こう」
歩きながら考える人なので、口数は少ない。
でも、その少ない会話の中でとても大事なことを伝えてくれる。
会話の始まりは「、、、、、」がつくように、
日本語で言えば、主語がないように、突然言葉を口にする。
でも、今ではわかる。
並んで歩いていると、お互いのコードは繋がっていて
そのコードを通して会話していることを。
そんな会話の途中に、「言葉としての」会話が始まる。
で、「突然に」会話が始まるように感じただけ。
「大変だったね、日本。、、、、、この話しても大丈夫かな?」
うん、大丈夫。こっちでも散々報道されていたでしょ?
でも、私のパンドラ・ボックスのアイテムがひとつ増えたよ。
パンドラ・ボックス。
当時「悲しみのパンドラ・ボックス」という話を、随分した。
人間、辛いこと・悲しいことを処理できないと悲しみのパンドラ・ボックスに
そっとしまって、ココロの隅に置いてしまう。
置いているはずなんだけど、結局、そのパンドラ・ボックスを抱えながら
人って生きて行く。でも、「パンドラ」だから、いつか突然その蓋が開いちゃう。
(フラッシュ・バックもその一種かな?)
ボックスに閉まって「なかったことにしよう」ではなくて、
その中身に向き合う時(余裕)がきたら、真正面から向き合って解決しないとね、、、、、
おもちゃ箱ひっくり返したような国・インド(国自体がパンドラ・ボックス)で、
そんな話をしていた。
当時私は、パンドラ・ボックスなんて、持っていなかった。
辛いこと・悲しいことがあると、わめいて、つばかけて、打ちのめして(つもりだった)
ついでに人様に迷惑かけて、その屍をあとに残して、テクテク歩いている、、、、
でもその死臭が臭くて臭くてたまらない、、、、って感じだった。
、、、、若かったのである。バカだったのである。
今ではちゃんと、ボックスを持っている。
でも、いつも半開き。きっちり蓋をすることがなぜかできない。
「、、、、あまりストイックになりすぎるのもよくない。自分を追い詰めるよ」
「、、、、一度、抱えているものを、手放してみてもいいと思う。
リセットするように。怖いかもしれないけど、大丈夫、ちゃんと”自分の道”に立っているから。心配することはないよ」
そうかな?自分の道に立っているのかな?
「、、、、求めすぎると、それは執着になってしまうから。
執着しているうちは、絶対に”それ”を手にすることはできないよ」
、、、後日、他の知人からも同じような話を聞くことになる、私。
当時の話で盛り上がる。
出会ったとき、Bは初インドで、相当ビビリながらインド旅をしていたこと。
(そんな風には、見えなかったな)
男の自分でもビビッていたのに、幼そうな東洋人の女
(当時私は30歳前後。アジア人は若く見える、が定説)が、
一人こんな所まで旅していて、驚いたこと。
更に、ろくに英語も話せないし「なんなんだ?こいつは?」と思っていたこと。
若かったのである。バカだったのである。
今より「怖いこと」が少なかったのである。
喋れなくても、なんとかなるもんね~と、お気楽に考えていたのである。
「確かに、恐れを知らないっていうのは、強みだよね。」
バカとも言うが。、、、、確かに強い。
「、、、、、特別な土地だな。あの国は。いつかもう一度行ってみたいと思う」
数時間、散歩して話をして、なんとなく知っている場所に到着。
「一人で帰れる?ホテルまで送っていこうか?」
ここまで来れば、だいたいわかるから大丈夫。
「ここで再会できるとは、思わなかった。嬉しいよ。」
私だって、再会できるとは思っていなかった。
「Kによろしく伝えて。彼女にも随分会っていない」
Kとは、Bの同級生で私の知人でもある。
うん、伝えるよ、彼女にも感謝しなくちゃね、この再会に。
「また来年、ミュンヘン・ショーに来る?」
、、、、、来年の今頃、私は何をしているかな?
今は、それを想像するのは難しい。
でも、多分、戻ってくると思う。
今こうやって、再び訪れたように。